potterjake’s blog

50代のpotterjakeが発信する気ままな毎日

【人生のイノベーション】~不安と信頼~

  成長し続ける。

 と言っても、どこまで?

 と考えあぐねる。

 人生の身的とその目的を果たすための目標を見出して

 それを成し遂げるために、日々挑戦!!

 

 そう思って、本を読んだり、Twitterやブログで発信したり

 半年前の自分ではやらなかったことにチャレンジしてきましたが

 

 なかなか、自分の観念はしつこくこびり付いていて……

 自分が「変わってきたな」と思える実感がわかない

 

 明らかに、半年前とは違う生活を送っているけど

 実感がないんです。

 

 自己成長を目指してチャレンジし続けている方と

 この思いを共有しながら、閃きに似た

 「成長の実感」を感じられるような気付きの記事にします。

 

 

一月前、「断捨離」を実践しようと決意し「捨てる」を始めました。

 

 まずは、会社の過去の書類など、今不要なものから取り掛かり

 机の上や中にある捨てたいものを捨てることから始めました。

 

 目的は、捨てられず机を占拠している不要なものを見極めることと

 必要な情報を整理することでした。

 

 お取引先の担当者の名刺なども、「今後お取引様としては会わない人」

 (退職された、会社が無くなった等)明確な人のものは処分しました。

 今までは、名刺は捨てられなかったので、だいぶ思い切った感があります。

 

 その他にも、「いつか使うかも」と思っていた書類なども捨てました。

 捨ててみて思ったことは

 「捨てることはできる」

 

 貯めてしまったものを捨てるのは、「必要」か「不要」かの判断をするのに時間がかかるということ。

 

 物の処分は、それが役割を終わった時にすることが、時間的に有利だと言うこと

 

ここで、なぜ「物が捨てられないのか」考えてみました。

 

 例えば、「今後使うかもしれない販促物」

 もう、机の中にある段階で一度は役割を終えているか

 過剰に作ってしまったもののはず

 ましてや、今後必要になった時に、また作ればいい程度のものなのに

 「いつか使うかもしれない」というだけでとってる

 

 ほかにも、使えなくなったボールペンや電卓、工具や部品

 必要になったらまた手に入るっものなのに

 なぜ捨てないのか?

 

 話はそれますが、私はラジカセやワープロなど

 自宅にあるモノでも使えないのに捨てられないものが結構あります。

 

 なぜ捨てられないのでしょう?

 

 対して価値のある製品でもないのです

 しかも、今やもっと優れたものが

 たくさんある世の中です。

 

 もう二度と手に入らない

 という「不安」がらるのでしょうか?

 

 そこで、「不安」とは何かに焦点を当てて考えてみます。

 

●不安とは何か

 不安とは、これから迎える未来(自分や家族、世間や環境)に対する

 「恐れ」

 見たることのできない未来への「期待」や「希望」ではなく

 「恐れ」なのだと考えました。

●なぜ恐れるのか

 今や自然は異常気象で私たちをいつでも恐怖に陥れます。

 異常気象の原因は人類にあるかもしれないし、宇宙規模で起こり売るべくして起こるのかもしれませんが…

 

 また、世間で起こる数々の事件や事故は当事者でなければ知る由もなく

 起こってしまいます。

 

 しかし、自分自身や家族への不安はどうでしょうか?

 起こるかわからないことに思いを向けて「不安」を感じる

 

 実は、これが断捨離と関係していると思うのです。

●不安と信頼

 自分自身に対する不安の正体は

 「自分自身を信頼していない」ことの現れなのではないでしょうか

 

 私自身、思い当たります。

 

 ・自分はいつも大事な時に足りないことがある

 ・大事な時にはいつもこうだ(不手際がある等)

 ・大切なものほど大事にしていない

 ・いつも適当だから当てにならない。

 ・手抜きが多い

 ・etc……

 

 たくさん思い当たります。

 

 要は、私は自分自身を一番信頼していないのではないでしょうか?

 

 個々に気づくことが大事です。

●断捨離は自分を信頼する訓練

 必要なもの、不要なものを考えながら

 自分自身に問いながら物を捨てることで

 自分への信頼を高める作業だと感じています。

 物を捨てるためにその物の「要/不要」を考えるとき

 自分自身の内面を見つめるようにして、覚悟して捨てる。

 

 そんな、訓練にしていきたいものですね。